​学会について

趣意書

スポーツ言語学会 趣意書

 
「スポーツは世界共通の言語である」

 2014年9月13日は、「スポーツ言語学会」が発足する記念すべき日である。本学会は、スポーツに総称される身体運動と、言語に集約された言葉との間に橋を架け、互いの資質向上を図りながら、文化の発展に寄与することを目的としている。
 表題に掲げた「スポーツは世界共通の言語である」は示唆に富むことわざで、本学会を象徴する〈言の技〉と〈事の業〉を見事に譬えている。このことは、スポーツやスポーツ活動は既に言語であり、ことわざでもあることを暗示している。
 私たちは、身体文化の粋であるスポーツと、コミュニケーションを代表する言語を結ぶ必要性を感じてきた。スポーツ言語学会は、スポーツにおける言語の役割や、そのあり方を研究し、その成果を発表する場という意味において、架けた橋の先にある〈土俵〉という比喩がふさわしい。東方がスポーツ学、西方が言語学であるが、東西にこだわりはない。
 スポーツ言語学の土俵は案外広い。スポーツと言語に関わる教育者や研究者はもとより、テレビや新聞といったマスメディアに従事する人、著名選手やその人物像を描くライター、スポーツ政策などの批評や立案に携わるジャーナリストなど、あらゆる領域の人々が意見を交換できる自在な土俵である。
 言うまでもなく、研究の対象となる主役はスポーツ選手であり、未来を担う児童生徒である。言語化できる知覚は「氷山の一角」に過ぎないが、そうであるからこそ、彼ら彼女たちが語る主観は、何ものにも代えがたい研究対象となる。
 同時に、このようなアスリートを支援する指導者の言語や、言語を用いた指導法も貴重な教材となる。競技力の向上や愉しいスポーツを推進し、暴力などとは無縁のスポーツ界を構築するには、言語による思考力が欠かせないのである。
 また、テレビの実況中継におけるアナウンサーや解説者の言語分析、新聞記事や書籍における活字媒体も、土俵に上げるに値する素材として興味深い。これらの基礎となるのがスポーツ用語の研究である。これらを通して、話し言葉や文字の背景にある歴史や文化を明らかにすることは、未来に向けた確かな羅針盤となるであろう。
 さらに忘れてならないのは、このような土俵を見守る数多くのスポーツ愛好家の存在である。市民の参加が文化の創造や醸成に貢献してきたことは、歴史が語るところである。本学会では、在野の斬新な切り口をもつスポーツ市民が語り演じる土俵をも整えている。土俵への「上がり段」は、力士として、行司として、ときには物言いをつける審判として活用してほしい。
 折しも2020年には、1964年以来となる東京五輪を迎える。この大きなエポックを機に、スポーツ言語学会は、スポーツ言語研究の国際化をも視野に入れてスタートする。人類が共有するスポーツと言語に橋を架け、世界の人々や組織と手を結び、豊かで感動に満ちた社会を築きたいと考えている。ご賛同いただければ幸いである。

2014年8月